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2017年12月 4日 (月)

遺言。(笑)

 養老孟司氏が「遺言。」という本を出していて、ご存知のとおり東大はとっくに早期退官されていて、でも当面死ぬ予定はないそうです。相変わらず虫ばかり採っていてうらやましい。
 あたしも、引退する気も死ぬ気もないですけど、リアルのありえないレヴェルの重圧(あんまり島国にいられなかった)、それから逃避するため金曜日は飲んだくれ、週末はずーーっと口半開きでDQXに籠り続けていたら、ついつい1か月半が経ってしまいました。

 もっともこのブログは、最初はDAのためだけに一点豪華主義?ではじめたものです。ついにMLまでB社を去ってしまい、DAの将来にも暗雲垂れ込めまくっている以上、今後は当初の目的とはなにも関係ない記事だけになってしまう予感もします。MEについては、実は最初はまったく書く気はありませんでした。読者のどなたかに背中を押されて多角化したものであって、ここのオリジン・コンテンツではありません。だいたいME3紙芝居なんて尻切れで終わってるし。だからMEAの騒ぎなんて、後期高齢者の運転する自動車の誤操作ではねられたような典型的もらい事故。

 記事を書いていない間、ここは覗き込みもしていなかったので、コメントいただいたことを知ったのもついさっきです。申し訳ないことをしました。
 (だいぶ以前にやっていた、"Persona Dancing All Night"の歌詞の翻訳が、実は間違ってたかもしれないと気になって覗いてみたのでした。間違ってはいなかったけど、読み返すたびに直したくなるのが翻訳の常)

 コメントに返信すると長くなりそうなので、件のEA迷走中のお話とか、B社の将来(がないこと)とか、お役にたつかどうか知りませんが、思いついていることを書きましょう。

 DQXをのべ500時間くらいプレイしてみた感想も、この話題に結構つながりがあります。おかげでDSJも何とかの軌跡IIIもほとんどプレイできていないけど(DSJは、出張中に10時間程度触ってみて、相当面白そうだということはわかりました)。
 以前DD(ドラゴンズ・ドグマ。オンラインではないほう)とそのエキスパンションを、自分には珍しくトロフィー・コンプまでしてやり倒してみたとき、あの「ポーン・レンタル・システム」、非同期(asynchronous)の、でもれっきとした実在するプレイヤーのキャラクター(ポーン)を借り出す疑似マルチ・プレイヤーの仕組みは、まったくこれ以上ないくらい、シャイでコミュ障で初対面の人と話すことができない「島国人」向けだし、だからとても可能性を秘めていていいんじゃないのかな、と書いたことがあります。

 実はDQXも、一部のハイエンド・コンテンツを除けば、ほとんどその手の非同期レンタルでプレイするシステムである(今はそうなった)と言い切ってもいい代物です。
 DDが2012年5月リリース。DQXが2012年8月(Wii)リリース。確か記憶では、ロード・ブリティッシュそのお方が、この手の「非同期システムに注目している」とのたまっていたという記事を読んだのもその頃でした。DDとDQXと、どちらかがどちらかをパクったのでもなく、島国の考える「マルチプレイ」の一つのあり方として、同時併行的に自然と生まれた発想ではないでしょうか。ケータイゲーやスマホゲーの流れもあるのかもしれない。

 もちろんDQXは最初から「非同期マルチ」を中心に考えていたわけじゃないでしょう。長いサーヴィス期間を経て、「先輩」キャラクターが十分多く存在するから、「後輩」が「借りる」意味のある「酒場フレンド」が選べる。みんな「よーいドン」でスタートしたリリース当初を想像するに、全員新入生でほとんどキャラクターの力に差がない段階では、生身のプレイヤーとマルチ(同期)プレイするほうが意味があったのだろうと思うし、当然そうしていたのでしょう。だから故・淡路恵子さんは、誤った情報でDQXを批判していたのではなかった。そして後にプレイしてみたという話もあるのは、「非同期」プレイはほとんどソロプレイと同じだと考えたからかもしれない。

 今のDQXについては、「非同期」プレイでほとんどのコンテンツが楽しめる。それ以外の(ハイエンド)コンテンツは、相も変わらずまたしても「面白いゲームを必死につまらなく、日々プレイというか作業している」人たち、あるいは「あるものは全部欲しがる」マンチキン、くれくれ言ってるガキどものものだから、大人のあたしは今プレイできなくてもどうとも思わない。
 レアドロップが欲しければ、自分も「盗賊」になって、酒場で「盗賊」三人(非同期で)雇って、四人パーティーで延々とトライすればいい。絵姿は間抜けだけど十分機能する。「同期」プレイで盗賊オンリーのパーティーを組むのは結構つらいですよね・・・。片山ひろゆきのFF4人シーフ・パーティーぢゃないけど(全員「逃げる」しかやらずにボスキャラとの戦いまで進んで、そこで瞬殺される)。そのレアドロップが欲しいのは自分だけなんだし。

 さて、シャイでコミュ障で初対面で馴れ馴れしい奴は全員詐欺師か泥棒だと疑っている血液型A型がドメインな島国では、「非同期」マルチは誰と対面することもなく、淡路恵子さんではないが「絆」も「繋がり」も、もっと言えば「柵」(しがらみ)もあまり気にする必要のない、ハマりやすい形態であるとして、島国以外、つうかUSではどうなんでしょうか。
 
 ツイートで教えてもらったいくつかの記事を読んでみると、EAは「もはやソロプレイに将来はない」と社内で決めている風情です。
 なにしろ、ソロプレイ・ゲームで当てたことなんてほとんどないEAですから、元々未練はかけらもない。
 といってもソロプレイにニーズがないわけではない。問題は、いまや開発にハリウッド映画並みに恐ろしく金がかかるAAAタイトルがコケたとき、ハリウッド映画と同じようにディザスターになってしまうことにある。いや、ハリウッドのビッグハウスはそれを見越したうえでリスクを分散している。ハイリスクな作品とローリスクな作品でポートフォリオ組んで、ダメージ・コントロールしているし、資金繰りだって分散している。
 桁違いにサイズが小さいゲーム・スタジオはそうはいきません。大企業のEAだって、ビッグタイトルで大コケしてしまったら、マデンとFIFAの儲けなんて吹き飛んじゃいます。屋台骨にヒビがはいってしまう。

 収入面で言えば、ソロプレイ・ゲームでは、Fallout4とかSkyrimとか、言いたくないけどTW3とか、10ミリオンも売れれば話は別ですけど、作品以外ではせいぜいせこいDLCを売りつけて小銭稼ぐしか副収入の道はない。ディスニー映画なら、いたいけな島国の主婦だまくらかして、ウソ英語教材替わりにBD/DVD売りつけることができるし、金だけはあるSWオタク相手なら、わけわかんないフィギュアとかスピンオフ作品?とかで、財布の中の最後の1セントまで、「ぼってぼってぼったくりまくれ、生かして帰すな」がモットーです。マルチプレイの場合も、月額課金の他にも多種多様なぼったくり制度を実装することが容易です。

 ゲームの開発コストなんてぶっちゃけ全部人件費ですけど、あちらでは、どんな素晴らしいソロプレイ・ゲームを完成しても、開発が終わったらバグ修正などの二線級要員を残してレイオフするのがふつうです。島国は終身雇用環境が根強く残るので逆に開発費を増大できません(B社もUSの会社に比較すると勤続年数は長い)。マルチプレイもこの罠から逃れることはできないものの、しょーもないMMOでも常時発展途上に設計しておけば、モジュール開発でそれなりの糊口をしのぐことは可能です。(ただし月額課金型MMOには、イニシャル・ローンチ時のサブスクライバ―数が最大で、以降時間とともに逓減する法則があります)

 なぜマルチ・プレイだと高額課金が当たり前に期待できて、ソロプレイでは難しいのか。考えるまでもなく、自慢できる(虚栄に浸れる)機会(環境)の広がり・強度・頻度について、前者が桁違いに大きいからです。「虚栄に浸れる機会」をお金で買うんです。あるいは"Time is money."、虚栄に浸れる機会を得るために通常は必要となる途方もなく長い時間をお金で買うんです。ツイッターで10万人、100万人のフォロワーを集めるのはセレブでもなければ並大抵のことではないでしょうけど、みんなにお金を払うことにしたら? あるいは10万人労働者を雇ったら? 意外と簡単でしょう。

 人間誰しも虚栄(vanity、ヴァニティ)の生き物です。というか虚栄があるからゲームなんかするんです。フィクションの世界に浸るんです。この意味で、ヴァーチャル(virtual)という語の本当の意味が「事実上、実質上」であることもわかります。

 だいぶ以前、哲学者・三木清氏を引用して書いたはずですけど、虚栄と名誉心は区別が難しい。虚栄とはもちろんフィクショナルなもの。すべての人間的と言われるパッション(衝動)は虚栄から生まれる。虚栄とは虚無であり、だからこそ虚栄に生きるには智慧が必要。虚栄心とは、自分があるもの以上であることを示そうとする(仮装する)パッション。もし一生この「仮装」を通すなら、一体本性と区別できるだろうか。虚栄的とは社会的という意味であり、人間は社会的な生き物。つまり社会もフィクションであり、そこでは信用がすべて。

 虚栄が「社会」を意味する一方、名誉心は「自己」を対象とし、その品位に係るもの。個人意識なくしてありえず、なにしろ最高の名誉心とは個人であろうとすること。虚栄が相手にする社会は「世間」で、不特定多数(アノニム)な人々であるのに対し、名誉心のそれは誰それさん、なんとかさんといった具体的な人が構成する社会。
 週末は最近のアニメ「ネト充」とやらの一挙放映をにやにや観ながらDQXしてますけど、あれが描こうとしている(描ききれてないけど)のも、この虚栄と名誉心のすれちがいというか、葛藤というか、不可思議な関係なんですね。
 
 随分と話がずれました。つまりあちらの作り手(資金の出し手)にとってソロゲーム開発はもうおいしくない。格好よく言えば「発展性に乏しい」、ぶっちゃければ「搾乳期間が短い」。優秀賞をもらったどんな素晴らしいホルスタインでも短命では元が取れないし、次を育てるのにまた金が要る。しょーもない痩せ牝牛でも、長いことミルキングできるならなんとかなる。
 ゲームはアートでもなんでもなく、単なる工芸品ですから、元が取れないと話になんないわけです。

 EAが「マルチ・プレイヤー・ゲーム」と呼んでいるのは、ぶっちゃけ「課金ゲー」のことです。プレイヤーなんかどうでもよく、単にキャッシュのみが意味を持つ。マルクス言うところの貨幣(資本)の物神化、フェティシズム。しっかり虚栄に浸っているではないですか。

 仄聞するに、Battlefront問題ってのは、いくら大金払っても自分(のクラス)にとって何の意味もないルートばかり出てツモ切りする羽目になる、無限ガチャ地獄で騒がれているんでしょう。面白いゲームをさもつまらなくハイジンのようにプレイつうか作業すればそれなりに強くなって虚栄に浸れるとか、カジュアルなさらりまん・プレーヤーが毎日徐々にではあるけど強くなっていく(プログレッションする)実感という名の錯覚に陥るとか、ふつうのマルチプレイのコーズ・エフェクトを無視して、町内会のくじ引きかビンゴにしちゃったんでしょう。でもって景品が一等ハワイ旅行以外とてつもなくへぼいの。いや、へぼいというよか、自動車持ってない人にカー用品とか、ゲームしない人にプロ仕様キーボードとか、掃除しない人にダイソンとか当たるのね。

 そこにやらずぼったくりの悪辣な意味があったかと言えばそうは思えない、ちょっとしたチューニングでへまやらかしたか、プアなコーダーが実装したか、その程度のことだったんでしょう。EAでなければ、ディスニーでなければ、SWでなければ、こうまで騒がれなかったのではないでしょうか。だってキムチMMOなんて最初から全部そうだろ。プレイしたことないけど。
 その根底には「ソロゲームは儲からんなあ」という恰好の実例となってしまったMEAの呪詛もきいているのかもしれませんね。ああいうものを出してしまった方が、EAにとっては大問題でしょう。屋台骨にヒビが入ったはず。かなり深く。

(追加)久しぶりすぎてぼけていた。一番最初に書こうと思っていたことが抜けていました。
 
 島国は「直接対面」マルチプレイを忌避するプレイヤーが多い。これは実感としてきっとそうでしょうね。よって「非同期」型が心地よいとして受け入れられやすい。

 USなんかじゃ、そもそも「直接対面」できなければヴァーチャルどころかリアルでも生きていけないでしょう。ひとりでうちに籠ってぶつぶつ言ってるだけならまだいいけど、そのうち学校でアソルトライフル乱射したり、宗教とかテロリズムにはまってトラックで人混みにつっこんでいったり。それは極端な例としても、あちらから島国に逃げてきて棲みついちゃう人って結構多いんですよ。ま、アニメオタクばっかという説もあるけど。島国は楽なんですよね。白人なら英会話教室で雇ってもらえて、いたいけな主婦だまくらかしてればいいし。

 「フレンド」がいなくてもプレイできる、いや直接対面の柵を避けてプレイできる「非同期」なんてあちらでは流行らない気がします。やはり「フレンド」は生身でなければ受け入れられないのではないか。それはもちろん虚栄を満足させるためでもあるけど、意外と単純なやつ多いから、名誉心を満足させるためかもしれない。

 Penny Arcadeというシアトル・ベースの、ゲーム世界ではとても有名なウェブコミックのサイトがあって、PAXなんて主催しています。そこの創設者のひとりが、まだ20代のこまっしゃくれたガキの頃、WoW(World of Warcraft, MMO)についての短いエッセイで、ふたつのことを書いていた。ひとつは、WoWのルートシステムが絶妙すぎてもはや神がかっていること。当時WoWをかじっただけのあたしは「まあ、そんなものかな」と実感はしなかった。
 ふたつめを読んでいたあたしは、そのまま椅子から転げ落ちそうになった。そして激しく嫉妬した。このガキ、くそ頭いいぜ。

「WoWは、月額課金でフレンドをレンタルできるシステムだ」

 そういうことです。虚栄か名誉心かわからないけど、フレンドはお金を払ってでも手に入れるべきものなのだ。少なくともあちらでは。

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コメント

Vanityさん、早速のご返答ありがとうございます。
しかもこんなに詳細に・・・。

なるほど、技術の移り変わりによって、タイトル毎の開発費も膨れ上がり、しかも作ったからと言って必ず売れるわけでもない、一時的な収入と見られてしまっているんですね。

それと比べたら確かに持続的な収入を得られるソーシャルorオンラインゲームのほうが企業にとっては実入りが良く、つくりも簡単であると・・・これは日本でもそうなのかも。

ただEAはどれもやり方が雑すぎるというか・・・もうすこしプレイヤー側に寄り添った課金方法であれば炎上することも無かったのかもしれませんね。
製作側が困窮してしまうのは、プレイヤー側も本望ではないですし。
どこかで上手くバランスが取れればいいのですが。

なんかあんまり理解できてなかったらごめんなさい(涙)

Biowareは今どうしているんでしょう。
DAシリーズはちゃんと作られているんでしょうか。

 書いてる人が何書いてるか自分でもわからんので、お気になさらず。
 ソロゲーは死んだ。マルチプレイというか課金ゲーでなければ生き残れない。でも島国人は対面ゲームを避ける傾向があるから、ますます若者のゲーム離れ(笑)がすすんじゃうかなーとか、いうことですかね。
 DAは、もしあるとしてもマルチプレイ・ゲームになるんでしょう。それが面白くないのもあってMLは去った。あるいは文句言って排除された。BioWareにはひとつもテンミリオン・タイトルがないので、かなりやばい立場なんだと思います。ま、BioWareもDICEも、Motiveのおばちゃんとこに吸収合併が自然な流れでしょうね。ソロゲーだけ作るスタジオは、もういらんのですよ。

 EAオリジンの国別の課金システムって、巧妙らしいですよ。購買力平価(わかりやすくいうと物価水準)とか実際の可処分所得なんかを加味して編み出されていて、例えば島国とロシアでは同じものを買っても、単純に為替で計算された金額じゃないんです。最先端のMBAマーケのセオリー使ってるのかな。

 ところが、MBAマーケって、ウオールマートで売ってる洗剤とか頭痛薬とかナイキのスニーカーのことばかり勉強して、それしか経験してないから、ヴィデオゲームなんてわからんのでしょうね。とかつてゼニマックス(ベセスダ)のマーケのおっさんが言ってましたよ。そのおっさんのマーケティング戦略は、とにかく延々と、開発中の素晴らしいプレイ映像を流すだけとのこと。

 Valve創業者のあのデブのおっさんも言ってましたが、Steamでは、ものすごく精密な販売価格管理を日々やってるんですって。またそれだけではなく、マルチプレイのマッチング状況なんかも専門にずっと見張っている人がいて、絶えずいい感じになるようにチューニングを施しているんだとか。

 もしEAが「雑」なのだとしたら、やってるマーケ自身が、あんまりゲームが好きじゃないのかもしれませんね。それは開発の責任だろうと丸投げしてるだけかもしれません。
 そんでもって自分(スタジオ)がひとつも儲からない、よそ様(EA)の稼ぎのための課金システムを、誰が真面目に作りこむかって話ですよ。

>EAオリジンの国別の課金システムって、巧妙らしいですよ。

ほあ~、そうだったんですか・・・!全く知りませんでした、勉強になります。
EAとしては「ゲーム開発ディベロッパー」というよりも「大手企業としての利益最大化」というところに重点を置いた結果なのかもしれませんね、べゼスダなどのお話からも、ポジショニングが少々ずれてしまっているのかも。アウトソーシングは慎重にやりましょう、といった感じでしょうか、なりふりかまわない感じが伝わってきます。

話は少し変わるんですが、最近、おそばせながらDAOを楽しくプレイしていおりまして、既に三周目です(笑)こういうゲーム、もう出ないのかなぁ・・・と切なくなってしまいますね。

またもやオソレス失礼。
以前も書いたけど、DAOは、当時のデザイン責任者オーレンとゲイダーコンビがDM(ダンジョン・マスター)のDnDセッションですね。DnDの舞台が使えない、使いたくないので、一から世界を創造した。様々なアイデアが奇跡的にひとつの作品にはまったという、空前絶後の物語舞台じゃないでしょうか。
ブライト、アンドラステ、ジョイニング、コーリング、ディープロード、メイジ・テンプラー抗争、オリージャン・フェラルダン戦争、帝国、クナリ、デーリッシュ、クロウ。ひとつひとつはどこかで見た気がするけど、全部が絡み合ってる。
オリジン・ストーリーはあの他にも二つあったそうで、分量制約でカットされたとか。オリジン・ストーリーのキャラの後日談がメイン・ストーリーにもちょくちょく顔を出す(ジョアン!)とかお洒落すぎます。DQXがもろパクリしてます。
できればヴィジュアルをリニューアルして出してほしいです。

レスありがとうございます。

>オリジン・ストーリーのキャラの後日談がメイン・ストーリーにもちょくちょく顔を出す

あ、これは私もすごく思いました。名を冠しているNPCらの背景は、2週やそこらじゃ全く把握できませんよね、最近では、ドワーフ貴族からのゴリムの出生が分かって、とても感動&感心してしまいました。十分すぎるボリュームなのに、更に二つもオリジンをカットしていたとは・・・化け物ですか・・・。

DAOはそういう由来だったんですね。
ちなみに今DA2に入りましたが、DAOのパンチが効きすぎていて、ある意味普通のRPGだなぁ、という印象になってしまいます、まだ序盤?ですが。

たまに覗きに来てましたが、更新ないのでご無沙汰しておりました。
お忙しいのか虚ろなのか…(笑)
ソロゲーは死んでいくのでしょうかね、何か嫌な流れ。

その辺CDPRも怪しい感じ。
次回作がサイバーパンクとか聞いてますが、何となくAnthemを待っての発売の気もするし。
TW3の威光を最大限活用して、資金の足しになればと始めたオンラインカードゲームのグウェントもどうなることやら。
eスポーツとかの分野も視野に入れてイベント三昧の一方、綺麗ごと並べてオープンβのユーザーをテスターとしてこき使ってますねぇ。
当然スマホゲームも視野に入れてるらしく、スタッフにもそっち系の人間を補充してるらしい。
オンラインゲームの実績もノウハウも無いのに、課金ゲーですから。
私がイラッとするのがその仕事ぶり。
TW2・3の緻密さとは全くの別物。ガバガバ。
この分じゃ、こっちの新作もストーリーとか風情は期待できないんじゃ…。
ある程度上の人間はしっかりしてそうだけど、その下がどうもユルイというか横着になってる感じがしてならない。(笑)

と、どうでもいい愚痴はここまで。
今年もお疲れ様でした。
来年もよろしくお願いします。

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