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2017年10月 5日 (木)

年寄りの繰り言(余談編その三)

 前回記事でちょっと語弊があったかもしれないので補足しておきます。
 ローグのインプルーヴド・イヴェージョンが、他の凡百の薄っぺらな、半島のごみみたいなMMO程度にあるような、まるで「無敵」のような扱いに勘違いされると困ります。DDOというかDnDをバカにしてもらっては困ります。
 世の安直なMMO批判なんて、記事何本書いてもきりがないので止めておきますけど、結局DDOのTurbineも、そういう世の中の安易な流れに流されて、後には「無敵」の世界を導入してしまったのですが。
 
 DnD創始者のひとり、ゲイリー・ガイギャクスの「発明品」には、個人的にいくつか特筆すべきものがあると考えています。ローグの罠探しや罠解除が実はそのひとつです。これはまあ確かに画期的ではあったものの、いつか誰かが思いついたでしょう。
 一方で、パラディン・オーラはなかなか思いつかない発明だと思います。まだコンピューターの世界にオブジェクト指向プログラミングなど存在もしていない時代ですから、この罠探しとオーラの発想のすごさは、強調してもしすぎることはない。今のCRPGでは、誰でも容易に実装できるので、皆が普通に真似しています。
 
 「自分を中心に周囲のある(半径の)範囲を探索する」とか、「自分を中心に周囲のある(半径の)範囲にオーラの効果をもたらす」というのは、実は画期的なことなのです。プレイヤーの他にDM(ダンジョン・マスター)を必要とする、テーブルトップ・ゲームならではのルールで、ゲイリー(とその相棒)が元々筋金入りのミニチュア・ウォーゲーマーだったことにも関係するのかもしれません。
 
 DM自体も「発明」に違いないのですが、これも審判役を必要とするミニチュア・ウォーゲームの発想の延長にあったのでしょう。それ言ったらRPG自体を発明したんだ、とも言えてしまうのですけど、それはもうみんな言ってるから。誰でも言えることを言っても仕方ないから。
 
 ゲームシステム上でのポイントは「致命的成功」と「致命的失敗」です。もともとダイス(サイコロ)を用いる点はウォーゲームからの発想であり、「致命的命中」(世に言うクリティカル・ヒット)ももちろんそこからの援用です。
 言い忘れましたが、DDOも、DAのML曰くの「画面の後ろでダイスを振っている」ゲームです。いや、ダイロール(サイコロの出目)をプレイヤーには見せないDAと異なり、DDOでは見ようと思えばすべてのダイロールを自分で見ることができます。ポイントは「自分の分は自分でしか見えない」ところにあるんですけど(笑)。
 
 DnDの攻撃判定や危機回避の解決には正二十面体ダイを用います。20(ものによっては0と表記)の目が「致命的成功」で、1の目が「致命的失敗」です。あらゆる修正を加味する前に、生の目が20か1なら、成功か失敗かが自動的に決まります。
 これを「失敗」にまで取り入れたことにより、DnDにえもいわれぬ哲学的な、あるいは一種宗教的な味わいが生まれることになりました。
 
 当時のDnDでは(DDOも一緒ですけど)、キャラクターが何らかの危険に瀕した場合(例えば、見えない罠を踏んじゃった、突風の中で前に進めない、催眠効果のある歌に悩まされる、など)、その帰結はセーヴィング・スローと呼ばれる判定で決定することになっていました。
 上の例であればそれぞれ、反射神経、身体的強靭さ、意志の強さがポイントとなり、各キャラクターはクラスとかビルドによって固有の三つの数値を持っています。順番に、敏捷(デクスタリティ)、体格(コンスティチューション)、知恵(ウィズダム)という基本アトリビュート・スタッツにそれぞれ大きく依存しています。
 それに克服すべき危険自体の大きさなどの様々な修正値を加えたうえで、正二十面体ダイを振って、結果を判定するのです。
 
 パラディンで特筆すべきは、このセーヴィング・スローの化け物であることです。信仰する神の恩恵はカリスマ(これも基本アトリビュートでした)で表現され、パラディンの最重要スタッツとなります。上の三つの種類のセーヴィング・スロー(反射(リフレクス)、頑健(フォーティチュード)、意志ウィル))全部に、このカリスマ値によっててんこ盛りのボーナスがつくのです。
 よって高いキャラクター・レヴェルのパラディンは、セーヴィング・スローが20を上回る、何が起きても必ず成功することになってしまう。
 それでも、生の出目が1だったら「致命的失敗」なんです。5%の確率でアウトなんです。「なんで、ここで1振るかなあ!」が、パラディンの口癖です。もとい、石になったパラディンの口癖です(笑)。
 
 「致命的失敗」は誰にでもあり、インプルーヴド・イヴェージョンのあるローグでも、反射のセーヴィング・スローに失敗することがあるので、すべての罠や爆発や魔法から無傷で済むわけではありません。もちろんもともと高い敏捷性を誇っているので、他のキャラクターなら簡単に死んでしまう事態でも、なんとか持ちこたえるチャンスが高くなっています。
 
 DnDの悪名高いモブに、巨大な目がひとつだけ空中に浮いているような姿のビホルダーがいます。ほとんどのモブが神話や伝説、サイファイ作品などからのパクリであるDnDのモブの中で、数少ないゲイリーのオリジナルとされています。 
 
 ビホルダーはマジック・スポイルの力を持っているので、キャラクターが近づくとあらゆる魔法系のバフが消し飛ばされてしまいます。そしていくつもの触手から様々な光線を繰り出すのです。なかでも最悪なのが破壊光線(ディスインテグレイト・レイ)で、これに狙われたら、頑健のセーヴィング・スローに成功しない限り、大抵のキャラクターはいっぱつで分解されてしまう。
 
 そのビホルダーがうじゃうじゃ出現する極悪なクエストがあって、ひどいリーダーになると、6人全員パラディンのLFMを立てたりします。パラディン祭りです。いや笑えない。一つも楽しくない。
 
 なに「ヘイスト」? だから、魔法は全部消されるって言ってんだろうが!
 ノーキン・オレツエー・ババン(バーバリアン)の出番はございません。ここでは、ただの肉の塊でしかない。すぐひき肉になっちゃうし。
 
 そして、パラディン全員が高いセーヴィング・スロー任せでビホルダーに突撃していきます。
 なぜか石になっちゃう人も出てきます。
 そのときのチャットの決め台詞は。
 「1振った」
 
 ところが前述のように、自分のダイロールは自分にしか見えません。
 パラディンは皆、善を体現してますから、もちろん仲間の言葉を信じます。 
 んー、でも中にはしょっちゅう石になってるのがいたんだよなあ・・・。
 
 この極悪クエストは、実はとても良いルートが出るので有名でした。そこに呼ばれなくなってしまったファイターとババン(凋落組)、そしてどのみちLFMには最初から呼ばれないレンジャイとローグ(ぐれ組)を加えた6人で、なんとクリスマスの夜にビホ(るだー)ちゃんたちに突撃した話は、たしかもう書きましたよね。ん?覚えていないって。あれはねえ・・・、あれはすごい面白かったんだよねえ・・・(年寄りの繰り言はじまった)
 
 と、今回も底抜け脱線オンラインとなりました。まだ続く。
 読者がいるとかいないとか、もう関係ないから。 
 

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コメント

やっぱ面白かった、Vaniさんの思い出話。
そんじょそこらのゲーマーのエッセイやファンタジー小説家のリプレイ小説より面白いってば。
リアリティと懐かしさ、楽しさに溢れているもの。

そうそうダイスロールっていうのが、妙にそそるのよね。
やってみたかったよ~DDO。

EQでもオーラはありましたが、これはDDOのまねっこで、拡張で追加したものということがよく分かる。
余談ですが、EQのドルイドのオーラはリジェネでした。ありがちw。

私の武勇伝って何だろう?あれだ、やはりレイドだな。
あるレイドで、誰かがトラップにひっかかって、それが大ダメージを発動させて壊滅状態になってしまった。
30キャラくらいのうち、生き残ったのは3キャラ。
その一人が私。あとはベテランのウォリアーとマルチプレーヤーのオルトのクレリックのみ。
レイドリーダーは、「残った3人には悪いが死んでくれ。それで最初からやり直す」と言ったけど、普段従順な(振りをしてる)私が「このままいけるから、即レイズを始めてくれ」と突っ張りました。
だって、別の場所で亡骸を召喚してレイズして移動するのに30分以上時間ロスするし、高値な召喚アイテムは個人もちなんだもん。
何より私のマナがまだまだいっぱい余ってるしw。
リーダーは5秒くらい考えて、私の言を信じた上で蘇生開始を指示してくれました。
その後、ヘイトを巧みに稼いだMTウォリアーを私がほとんど一人で10分くらいヒールし、クレリックはBufferであるクレリック、エンチャンター、シャーマンを中心に蘇生していきました。
そして全員がレイド再戦復帰して、見事レイドエンカウンターを倒したのでした。
その時の皆の興奮と歓喜は凄かったです。
「やっぱり簡単にあきらめちゃダメなんだな!」
「何年もレイドやってきて、こんな勝ち方は初めてだ!」
という声がありましたね。レイドの勝利は皆のものですもの。
あぁ、その後「いらない子」の代表だったドルイドを侮る者はいなくなったそうな。じゃんじゃん。

トラブル発生しても、私はレイドで生き残ることが多かったんです。
何故かというと、装備を慎重に選びながらいろいろな耐性をバッチリ強化していたのです。
ほとんどのプレーヤーは、HPやMP、ACくらいにしか注目してませんでしたからねぇ。
ええ、私はVaniさんと同じ、用意周到なA型ですから。(笑)

あと実は、私は過疎化していたゲームとはいえ、サーバー別クラス別ではありますが、アビリティ・ランキングで1位を何ヶ月か守ったんですよ。
たぶん島国人で、どこのギルドにも所属しない野良で、シングルアカウントで上り詰めた人はいないんじゃないかな。
Vaniさんは分かっていただいてるでしょうが、私ランキングを意識して遊ぶようなタイプじゃないし、知人から聞いて初めて知った時は腰を抜かしそうになったくらいです。
MMOの引退をはっきり意識したのは、たぶんその時だと思います。

 もし楽しんでいただいているなら(まだ続ける気だな)、DnDへの「愛」のせいでしょうね。ゲイリーへの「尊敬」かもしれない。あたしもミニチュアではないけど、ウォーゲーマーあがりなので、あー、このデザインは「戦場の霧」(フォッグ・オヴ・ウォー)を再現してるんだな(DMという発想がまさにそれです)とか、「作戦は戦いが始まった時点でチャラ」(臨機応変が大事)とか、よくわかります。
 EQは一つもわからないし、多人数レイドは他の洋ゲーで見物していただけの門外漢です。それでもDDOプレイヤーの中に(今のあたしみたいに)長い思い出話をする人がたくさんいた。「琴線に触れるもの」が沢山あったのでしょう。

 「確率」のスポーツであるベースボールでも、「大エラー」(想定外)と「乱闘」(ケイオス!)が一番面白いんです。特に守備の上手なチームとそうでないチームの違いがはっきりわかるのは、トンネルとか大暴投とか(どんな上手なプレイヤーでも一定確率で起きてしまう)、ありえない大エラーへの対処ですね。上手なチームが対処する姿は芸術的。ほんとはスタジアムで観ないといけない理由です。足を運ぶことはめっきり減ってしまったけど。
 もちろん守備の基本は「ありえないこと」が起きるのを想定して待つこと。ベースカヴァーとか、バックアックとか、1000回中に何回(プロのゴールデングラヴ・レヴェルの守備率でも、ポジションによって違いますけど.990台)あるかもしれない事態に備えるものですね。つうか9人いるから100回に何回レヴェルか。

 MMO/MOのワイプアウト(全滅)寸前からのサルヴェージは誰にもできることではないから、うまく行ったときはみんな素直に感動しますね。もちろん事前準備もそうだし、知識と、スキルと、優先順位づけ(トリアージ)と、なにより運が大事。わかっているけどできません(笑)。あたし以外の実例ならいくつか感動的なものがありました。
 あー、それと「愛」ですか。ドルイド愛が半端ない感じですもんね。ハブられクラスだったからこそ、いっぱいの愛を抱くんですかね(笑)。DDOでいったらレンジャイ愛の人は半端ないから。

 DDOはドルイド実装前に島国サーヴィスが終わってしまったんです。すごい悔しがってる人いたなあ。モンクより先にやるべきだったのじゃないかなあ。

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