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2017年6月15日 (木)

老いの恐怖(白人版)

 先の記事に書いたとおり、ちょっとは期待していた“Passengers”がME:Aよりひどかったので、もうあとは機内で呑んだくれて寝るかと思った。

 だって他の映画といえば、"Logan"(2017、流した、○)ねえ・・・。X-Menはよい暇つぶしになるので、だいたい観てきたとはいえ、いつもまったく予備知識のない状態での鑑賞でした。

 今回もそうだったのです。ところが、仕方がないから睡眠薬替わりに見始めたところ、映画冒頭で、あの「禿」(テレパスのリーダー?)が耄碌して死にそうになってる。あれ? ウルヴァリンが自己治癒できなくなってる?

 この映画について、細部ネタバレはやめておきます。別に観てほしいとかではなく、スーパーヒーローもののファンでも全然なく、単に結構面白かったから。

 テーマは、まず誰が見てもわかるように、(白人の視点での)「老い」。
 死生観は文化で大きく異なりますので、ここではクリスチャニティー(むしろ白人)視点のそれ。

 さらに、(主演のヒュー・ジャックマンつながりで)笑っちゃうことに、「レ・ミゼ」。
 いまやリーアム・ニーソンが「師匠」と同義になっているのと同じで、「昔やんちゃだったパパ」になってしまったのでしょうか。

 次が、個人的に一番重要な点で「西部劇」。しかも、クリント・イーストウッドあたりがはじめて今にも連なる「修正主義西部劇」ではなく、作中も引用されている「シェーン」(Shane、1953、忘れた、○)あたりの「正々堂々西部劇」。

 それから、主人公たちの逃避行という形での「ロード・ムーヴィー」でもある。鉄板ですね。

 最後が、別段本作に限らない、シリーズを通して語られてきた、ミュータントたちに対する「凡人どものルサンチマン」。

 ミュータントたちが世の中からほぼ姿を消してしまった2029年。冒頭、主人公(ローガン)が、テキサスはメキシカン・ボーダーに近いエル・パソで、雇われリムジン・ドライヴァーに身をやつしてお仕事にいそしむくだり。 本筋とは直接は関係ないものの、妙にいい感じのシークエンスです。テキサスの繁華街の豪勢な暮らしも垣間見られ、うらぶれた主人公たちのどん底の暮らしぶりとのコントラストになっている。

 シリーズをまじめに追いかけてきたファンにとって、ミュータントが姿を消した「今」(この作品)と「過去」(これまでの作品)の間には、隠された重大な「事件」、ミッシング・リングがあるそうだ。映画では何かがあったことが仄めかされるだけで、特に語られない。ファンでもないこちらにしてみれば、逆にそこがいい感じ。ここらあたりも、頭でっかちオタクの説明過多な粗製乱造のスーパーヒーローものと、一線を画すところです。

 禿のおっさんは、90歳を超えている。白寿を迎えた島国大勲位とは異なり、見る影もなく耄碌していて、髪の毛は最初からないけど、アルツハイマー病らしき症状に苛まれており、おかげでミュータントのパワーもたまに制御できなくなるようだ。この耄碌じじいの演技がなかなか良い。残念なことに、耄碌した白人にそんなに出会ってないこちらには、あの真田(広之)さんも出ていた“Mr. Holmes”(2015、流した、○)でイアン・マッカランが演じた、耄碌シャーロック・ホームズとどっちがどうとか言えないけれど。

 そのおっさんの介護の面倒を見ているローガンも、自己治癒能力が衰えてきているらしい。身元不詳のメキシカンのおばはんが救いを求めてくるも、世間との関係を断ち切ったローガンは、にべもなくはねつける。
 おばはんは、ミュータントの少女ローラを伴っていた。ローガンとそっくりの能力を有するというローラは、実はローガンの娘なのだそうだ。(レ・ミゼのモチーフ)
 おばはんを追跡していたミュータント狩りの「組織」(リーヴァーズ)は、ローガンたちの隠れ家を発見する。禿のおっさんとローラを連れて、ローガンは逃避行の旅を余儀なくされる。

 この映画でのアクション・シーンは実はどうでもいい。大して工夫もしておらず、正直見飽きた感もある。むしろ邪魔なくらいで、三人がUSを縦断する逃避行(目的地はノース・ダコタ)の間に繰り広げられる、様々な出来事がとても面白い。途中出会った農夫は、地元の土地問題にローガンたちを巻き込んでしまい、また最後には一家丸ごとローガンたちの戦いに巻き込まれてしまう(西部劇のモチーフ)。目的地ノース・ダコタでは、カナダへの脱出を計画している若きミュータントたちのコミュニティと出会う(「十五少年漂流記」もモチーフにあった)。
 組織につかまり、ローガン一行の捜索を強要されるミュータントも忘れてはいけない。

 上述のように、どこかで見たような様々なモチーフがてんこ盛りとなっているのにも関わらず、それぞれ出しゃばらず控えめで、信じられないことにうまいこと調和していて、いつものばかばかしいアクションさえもう少し控えめだったら、普通にロード・ムーヴィーの秀作になるのではないか、と思うくらい。

 禿のおっさんとローガンの「老い」に対する恐怖、諦観。おっさんの(理由ははっきり示されないが)ミュータント仲間を喪ったことに対する「自責」、「悔い」。ローガン自身の「死」への期待、というか渇望。 ローラはじめカナダに脱出を図るミュータント少年少女たちに託された将来への(こことは違う新世界への)「希望」。クリスチャニティ丸出しのお話であっても、いや、だからこそ「レ・ミゼ」とも、「西部劇」とも、「ロード・ムーヴィー」とも親和するんだなあ、と感心しました。

 別段ファンでもないのですが、X-Menが凡百のスーパーヒーローと隔絶しているのは、「凡人のルサンチマン」について(ハリウッドでできる限りの範囲で)描いているところです。ハリウッド的には、「ミュータントの能力が危険だから隔離する、管理する、あるいは撲滅する」と表現するしかない。でもその根底には凡人たちの「超人」たちに対する「嫉妬」が渦巻いている。この嫉妬(「なぜあいつらだけ優れているのか、なぜあいつらだけ力があるのか」)だけではルサンチマンにならない。

 そういう力は最後まで手に入らないのだから、「なぜ自分にはそういう力がないのか」という羨望は結局いつまでも解消されません。次には「あんなものは大したことはないし、自分にはないほうが良い」と諦める(合理化する)のでしょうが、それでもまだ足りない。ルサンチマンとなるためには、凡人サイドが「そういう力は世のためにならない、邪悪である」と決めつけ、「力がない自分(たち)のほうが正しい、強い」という転倒した価値を生み出し、それがあまねく広く信じられることが必要です。

 お気づきの通り、「今」はすでにそういう世の中になっている。卑近な例でいえば、ツイートなどのSNSは、当然セレブのためのもの、セレブを利用する広告屋のものに最初から決まっている。凡人や貧乏人たちは、彼ら彼女らの知名度のおかげで成り立っているビジネスの、隅っこの方を無料で利用させていただいている(このブログも実はそうです)。それなのに、セレブがちょっと口を(筆を)滑らすと、盛大な魔女狩り・リンチがはじまる。バカと暇人の人が言っていたように「フォロワーの数の多いほうが悪」。だからドナルドなんかは「絶対悪」の領域にいる。

 ルサンチマンの根源は、もちろんクリスチャニティー世界にある。島国はそれを拒絶してきたから安心かというと、形式上はアメリカン・デモクラシーをそのまま輸入してしまっているから、結構浸食されていてかなり危ない感じはある。まーでも、USなどのインクルーシヴィティ活動、メルケル(ジャーマニー)のクリスチャン的偽善、弱者の権力化運動などのすさまじさをみていると、ここはまだまだ後進国(笑)。弱者ビジネスで個人的成功を狙う国連人権ゴロのいうことに耳も貸さない、サウディと同じ金持ち野蛮人、なんちゃってデモクラシー。

 (この今の島国に、ミュータントというかX-Menが生まれたらどういう扱いになるか、夢想すると楽しいですね。フレンチのきちがいがまた核燃料発電に絡めた漫画を描くんだろうけど、それはともかく。すでにその手の漫画、アニメは多数あるとしても、キャラクターがローフル・グッド(秩序にして善)ばかりなのはもう飽きた。映画のように国家権力から情け容赦なく弾圧されるのか、超人扱いされて拝み倒されるのか、故・小松先生かメガテンではないが、究極護国兵器として極秘裏に・・・。どれとも違う世界になる気がするのですが・・・。よく考えると「絶チル」なんか実は面白かったほうなのかも。ただし、「超人」を扱っているのに、天皇に触れずに済ますしかないのが、島国メディアのタブー)

 現に弾圧したり、迫害したりして、力を有する者たちを自分たちレヴェルまで、あるいはそれ以下まで引きずりおろすのは、凡人側(クリスチャニティーでいえば教会勢力)がルサンチマン的価値観形成の上で勝利した、そのあとの話です。凡人は数では勝っている。果てしなく戦えば、勝つのは凡人に決まっている。フレンチ・リヴォリューションの原理。
 一方、X-Menでは、ミュータント側から見た「力こそ正義、力あるものこそ強者」という思想も描いていました。ハリウッド的には、やはりいつまでも勝てないうえに、なぜかナチスを含意したつくりになってしまうのですが。

 このテーマは、DAシリーズもメイジ問題で描いていました。あちらでは、メイジは(上述のようなルサンチマンを前提に)隔離し、厳しく管理すべきである、という「思想」が(チャントリー世界やクナリ世界で)語られ、実行される一方、メイジこそ強者であるという「思想」を実現している体制(帝国領土)も、メイジは有益な指導者である(デーリッシュ世界)という側面も描かれている。

 ただし、これがハリウッドの(というかアメリカン、ひいてはクリスチャニティー世界の)限界と頷いてしまう点も、この映画自身が描いていました。禿のおっさんはともかく、ローガンは不老不死ではなかったのか。なぜ老いさらばえなければならないのか。
 それは、凡人のルサンチマンが許さないからです。さすがに、彼だけがいつまでも「死」から逃れ続ける物語はできない。

 エスパーもので、最強なのはもちろん不老不死(自己治癒含む)でしょう。時間旅行などの時間操作もある意味同じことです。「死」と「時間」は超えられない(この二つも、突き詰めると同じこと)。そうでなければ、凡人たちはとても困るのです。自分以外にそういう「掟」を克服した(チートした)存在があること自体許せない。

 かくして、エスパーものでは、不老不死や時間操作の能力者は、なんらかのカルマ(ペナルティー)を背負う羽目になる。能力を使いすぎると死に至る(時間旅行者はともかく不老不死なのに死に至る!)、あるいはやがて狂気に蝕まれる、ヒトではない何か別のものになってしまうとか。
 エスパーではないとはいえ、草薙少佐は「不老不死」の存在(らしきもの)となるため、(もともと義体で獲得していただけの)「仮の姿」を捨て、ヒトではなくなった。むしろ、「姿」を捨てないと、不老不死にはなれなかった。

 そうなると、真のエースは(過去書いた通り)、009とか、スタープラチナとか、“HEROES”でもそうであったように「スピード」(速度)能力者、「韋駄天」になる。でも「スピード」って突き詰めると「時間」にならないか。
 極限に達しても限界は超えられない。「死」は乗り越えられない。あたしたち凡人が許容できるのは、そこまでなんでしょう。そこが味噌ということですかね。

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コメント

「ローガン」を観て参りました。ちなみに私は老眼。(もう、ええっちゅうねん)
冒頭、ローガンのアダマンチウムの爪が、シャキーーーンと出てこないので、ニョキ~と出てきたのにワロター。

プロフェッサー(ハゲ)が生きてたのにまず驚きました。
過去作でフェニックス(ジーン、ローガンの恋人?)に塵にされたんじゃなかったのか。
彼の場合、アルツハイマーの比較的初期、軽度かもしれません。
アルツハイマーが進むと、感情を抑えられない、理性的・常識的な判断ができなくなって、人格も崩壊していきます。
彼の能力は強大なもので、暴走すると確かに恐ろしいことになるでしょう。
映画では麻薬みたいなのを使ってますが、実際の治療には感情を抑える薬がちゃんと処方されるので安心を。

仰るように、クリスチャニティや西部劇が絡んでいくところが大事かもしれませんね。
映画内で特に言葉で説明されることはありませんが、誰かに強要されたり教え込まれるわけでもないが受け継がれるものがあるのでしょう。

農民の夕食に招待され、たわいの無い会話をして笑い合う。
休む前に、「こんな楽しい夜はなかった。特別なことばかりが幸せではない」というハゲのセリフがあったように思いました。
ただただ、そういう幸せが欲しかったのでしょうね。よく分かります。
ミュータントと人間の共存を説きながら、結局、袂を分かつことになった仲間と戦い葬ることになっていった矛盾に苛まれていたのでしょう。

アクションシーンも仰るように重要ではないですが、これが最後なので大目に見てやってください。(笑)

 今まで全作観たような気もするし、抜けてるような気もするし、特にファンでもないんで辻褄はあっていてもあわなくても、楽しめましたね。ロード・ムーヴィーは、やっぱアメリカンに限ります。

 あの(農夫絡みの)西部劇ぽいところは好きだなあ。最近西部劇映画自体、流行らないのかあんまし来ませんけど、それで飢えているせいかもしれない。
 それと、「レ・ミゼ」は卑怯です(笑)。実の娘?というところが違うけど、結局あの子に希望を託しちゃうわけですから。ローラは、ちょっとバタ臭くて何かかわいいし!(いや、最初から白人だからバター臭いに決まってんだろ)

 強力な力を持って生まれたミュータントなのに、最後に「普通のじじいに戻りたい(なりたい)」とか言わせちゃうところが、凡人(弱者)たちのルサンチマンに身も心も押しつぶされた、「強者」=「じいさん」の末路なんです。考えさせられます。
 アクションは時代劇のチャンバラと思えば、別に腹も立ちません。

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