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2017年2月21日 (火)

イース8は、え(親父ギャグ禁止)

 なんだよ、気の利いたこと書こうと思って、気張ってツイッターしたら、肝心の死んだ奴の名前間違っちまったぢゃねえかよ!
 だいたい紛らわしいんだよ、もともと漢字で書いてるんだから、読みも島国風にしとけよ。誰だよ、こんなくだらないルールにしたのは?! (お前が誰だよ、というか別に誰でもいいよ)
 
 あーあ、ひっさびさにメディアに颯爽と登場して注目浴びたと思ったのに、名前間違えて顰蹙買っただけぢゃねえか。あわてて削除したのに、魚拓?とかいうやつのおかげで誰でも見れるらしいな。どうなってんだよ、恥はかきすてが島国文化ぢゃねえのか、いい加減にネット規制しろよ!
 しかも「嫌なニュースが続きますね」と書いたら、「お前が元気なのが嫌なニュース」とか、「何よりお前が嫌」とか、あらゆるヴァリエーションのつっこみ受けて、まぢイラついた、島国死ね。
 俺様が言ってんのは、フロリダくんだりまで行ってゴルフなんぞに現抜かしてる、あいつらのニュースのことだかんな。
 
 誰だ、2010年カナダ・オンタリオG8のときのぼっち首相とか言ってんのは?! オバマ、メルケル他、初登場のキャメロンさえもが集まって歓談しているときに、一人離れて薄ら笑い浮かべて佇んでる、国賊並みにみっともない証拠写真がいまでもあるとか好き勝手言わせてんぢゃねえっ! いい加減にネット規制しろよ!
 あれは単に俺様が立ってるカメラのフレームの端っこに別の人がいたの。いたんだよ、誰だか忘れたけど。つうか通訳なしでどうせいっちゅうねん。ルーピーなら歓談してた? あいつ大金持ちだから留学と称して遊学してただけだろ? 俺様は勉学も忘れて学生運動に打ち込んだおかげで企業に就職もできず、発明家を目指すとか言い訳して苦労して弁理士やってたんだ、一緒にすんなっ!
 
 しっかし「あの国は戦後の奇跡、地上の楽園、拉致被害なんぞ存在しない、都市伝説、右翼・反動守旧派の妄想・陰謀、ぜったいありえない」と、たかちゃんの受け売りで信じ込まされ、よけいな署名までしちまったのを蒸し返されて、叩かれまくった以来だぜ。あそこに関わるとろくなことにならんな。
 でもまあ、親愛なる大陸のメディアも同じ間違いやらかしたところがあるっていうから、逆にあちらでは株があがっただろう。見てろルーピー、大陸一番人気の元首相の座、お前が人様の妻を略奪したみたいに、すぐに奪うぜ!
 
 誰であってもひと様の生き死にをネタにはできんなあ、と思ってたら、バカがうまいことやらかしてくれました。ところが勇んで書きはじめたところ、そのうちこっちがイライラしてきた。怒りが収まらなくなりそうなんで、核燃料のネタはやめました。
 普段この手のネタを書いてるときは、ひとりでクスクス笑いながら書いてるんだけど、今回はきっとあの顔になってたんでしょうね。ダイオキシン入りと騒がれたカイワレとかイチゴをいやいや食ってるときの、眼もうつろな生気のない顔。当時、ますます風評災害が広がるんじゃないかと言われたような。
 
【前回までのあらすじ】
 四コママンガ「ファルコム学園」(以下、「学園」)の楽屋落ちネタを100%楽しむためには、なによりオリジナル・キャラを知らねばならないと思い立った血液型A型。「ファザナドゥ」は実はあれハドソンなんで「学園」と関係ないことは、FC黎明期に「ザナドゥ」のファミコン版だー、わーい、とすっかり騙されて買ってしまい(ファルコムのライセンスは受けており、間違いなく企画は「ファミコン版ザナドゥ」であったのだが、なぜか似ても似つかないマゾゲーになってしまった)、泣きながらラストまでプレイして一回懲りているので、幸運なことにもう一度掴む危険はなかった。
 
 「学園」の一大勢力である「イース」を手っ取り早くはじめたが、「I&II(クロニクル)」の後、偉い人が次々辞めてぐちゃぐちゃになってしまったせいで、ナンバリングどおりのプレイはあきらめざるをえないことが判明する。絶望と挫折の淵から、星刻ぢゃねえや、マザー・メアリーのお告げで救われたのち、「7」をそっこークリア、返す刀で、美少女ヒロインふたりに引っ張られるようにはじめた「8」も怒涛の進軍を続け、クライマックス直前に迫ったのだが?!
 
 前から思ってた、この最後の「のだが?!」ってなんだろね。いらないよね。
 てことで「8」もそろそろテンパイ。二周する元気も暇もなさそうなんで、Easy難易度一周目で取れるトロフィーはとっておこうというところです。
 
 一方「学園」側では、「フェルガナ」のキャラが人数は少ないとはいえ、第二巻以降でもやはり頻繁に登場する。ゲームのストーリーを「学園」のほうでネタバレされそうになるという、恐ろしい事態に直面しそうになり、これはいかん、早くプレイしなければと調べると、なんとVery Easy難易度がある。

 もはや勝ったも同然、Vita/PSP版「フェルガナ」(DL版)をそっこー購入し、疾風の進軍を続けたが、Very Easyで楽になるのは実はボス戦くらいで、結局アクション・パズルの難易度は変わらないということに気が付き、ジャンプにしくじっては、はい最初からやり直し―、の疑似無限ループ地獄を泣きながら続けているところである。憎い。「基本どこでもセーヴ」のVita時代には考えられない、セーヴポイントがあらかじめ決められている昭和ゲーが憎い。なお「無間地獄」とは、「絶え間なく続く」地獄のことであり、「無限」が言うところの「果てしなく続く」ではないので注意が必要である。もっとも「無間地獄」だって、お釈迦様が蜘蛛の糸でも垂らしてくれなければ永久に抜けられないのだから、「無限」なんだけどね。
 
 本題の「イース8」、なかなか楽しんでいるのですが、とても気になることがありました。
 もちろん、リリースから約半年遅れ、周回遅れプレイの悲しい運命。世の中ではこのネタすでにお気づきになってる人も結構いると思います。
 
 同作のVita版は、2016年7月リリース。
 映画「君の名は。」は、2016年8月26日公開。
 
 ふたつの作品には(「8」のほうのネタバレを避けるためぼやかしますが)、かなり類似した点がある。でかいもので二つ。いずれもかなり重要なプロットの仕掛けの部分である。(一方で、かなり大きなプロット・ホールがそれぞれにある(こちらの内容はそれぞれ異なる)のだが、その話は本題と直接関係ないのでやめときます)
 
 これはいったい何なのだろうか。
 どちらかがどちらかにインスパイアされた、ということがあるのだろうか。
 上述のオープン時期からして考えにくいという説もあるでしょう。さらに、どちらの作品にも長いリードタイムがあった。(「8」は2年前のSCEJA2014で制作発表、映画もほぼ同時期に企画が成立し、制作期間は約2年間)
 
 ところが、映画の監督には、良く知られているように5年間のファルコム勤務経験がある。まさに「学園」がネタにしている作品群のうち、古めの時代(20世紀)に(開発部門ではなく)制作部門を手掛けていたという。
 「人脈」経由でアイデアを共有していた、または過去共有していたアイデアを互いに用いた、というケースもありうる。というかそういう説もあるようです。
 
 その真偽を判断する材料などもちろん一切ないし、もしパク・・・、同じ出元だったというオチならまるで面白くないし、さらに言えば、真偽がどちらであっても、これから考えようとしていることにはあまり影響ない、ということもあって、気になるふたつの類似点を検証してみましょう。
 まず、ふたつをばらばらに考えていくと、「奇妙だが偶然はありうる」という結論になる。
 
 第一の類似点は「入れ替わり」。これは過去にも多くの類似作品があるので、「偶然である」と考えても、確からしさはそれほど低くはない。奇妙な一致に違いはないが、おかしくないでしょう。
 第二の類似点は「破滅的現象」。どちらの作品も核燃料発電事故をコノートしていると考えると、これもあながちおかしくもない。すでにP5の記事でも書いたように、「P5」、「東京(略ザナドゥ」、「シン・ゴジラ」など、あの当時から数年たってリリース・公開されたこれら「破滅」を扱う作品群のモチーフの根底にあの事故があることは、むしろ確実なことだから。
 
 バラバラに考えれば「奇妙な一致だけど、ありうるかな」なんですが、これが二つとも揃っている、かつ、作品の発表時期がほとんど同じである、ということまで「偶然」で切り捨てることは、ちょっと難しい気がします。
 
 他にも下のように類似点はありますが、最初のふたつは、(プロットの要請上)上のふたつのプロット・デヴァイスから導出されるものだったりするので、ある意味必然的な「帰結」。
 ひとつめは、「入れ替わる」二人のキャラクターの生きる時代が異なること。一方が(観客の視点での)「現在」で、もう一方が過去(または未来)である。これは、すでに起きてしまった「破滅」の「とりかえしのつかなさ」、「どうしようもなさ」を表現するために不可欠な工夫である。「破滅」はこれから起きるのではない。すでに起きてしまったのだ。
 ふたつめは、「入れ替わる」キャラクター(のうちどちらか)は、本来知っているはずの「破滅」についての記憶を、(物語がある段階に至るまで)何らかの理由で喪失していること。そうでなければ、十分な余裕をもって「破滅」の「警告」ができることになり、物語のドラマ性をその分減衰する結果になる。若干ご都合主義的(かつ、映画のほうの最大のプロット・ホール)だが、まあ許容しましょう。
 
 みっつめは、プロットの要請上必然であると言い切るには判断に迷うところ。双方とも、主人公のうちひとりが「巫女」、神との交信を担う役割の女性であること。
 おそらく、この巫女問題をどう見るかで、「元ネタは一緒」かどうかの判断が変わるのですが、仮に偶然の一致説を取った場合、「だって破滅の予兆を知るとか、結果的に破滅に立ち会うとか、いかにも聖職者(あるいは神の依り代)としての役割ぢゃん?」という言い訳も説得力がないわけじゃない。
 
 あたし個人としては、元ネタはどこかであきらかに共有されていたんだと思う。それがパク・・・、インスパイアなのか、お蔵入りした企画資料をたまたま同時期に別々に思い出したのかどうなのかはともかく、「入れ替わり」、「破滅」、「巫女」が被るってのは、やはり不自然だ。
 
 だからといって、あたしはもともと書いたように、映画については言うほど大して感動してないし、Mr.Anno渾身の「シン・ゴジラ」を興行的にオーヴァーウェルムしたことに対して激しく嫉妬し、かつ、そのことで島国の民を少し嫌いになったのであるが、一番腹立ったのは押井さんが前者をボロクソ言いながら、後者についてだんまりを通していることだけど。
 また、だからといって、イース8ヒロインのひとり、ラクシャのお尻がかわいい!という事実はなんら損なわれることはないし(早くPS4で見たい!)、巫女ダーナの胸について「おお、そういう魅せ方もあったのか!」と仰天した事実が変わるわけでもない。
 
 P5の記事ですでに散々書いたので、くどくど繰り返さないが、「現実」と対置される概念としての、「理想」、「夢」、「虚構」のいずれもが(人心を掌握することに)破たんしているとして、大澤真幸氏の言う(いまいちこなれてない言葉だけど)「不可能性」、次の時代に来るべき(すでに来ている)拠り所は一体なんであるのか、「入れ替わり」(従来の家族関係を超えた、それを代替する何か)、「破滅」(進歩や成長という資本主義的アイデオロジーを代替する何か、または大上段に振りかぶれば、「種」としての<進化>の停滞を打開する何か)、「巫女」(神への信仰を代替する何か)といった三点セットで整理して考えると、意外とピンそばまで寄るのではないか、という淡い期待は抱いています。
 

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