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2016年11月13日 (日)

二周じゃダメなんですか?(P5眼鏡が曇る編)

 どうしてラヴェンツァの登場期間が短いんだあ。
 無駄に治療を受け、ベルベット・ルームとの出入りを繰り返してしまうしかないじゃないか。
 
 でもニ周目だからか(「しおり」を手に入れたからか)、「大好き、マイ・トリックスター。世界一の男よ。」とか、そこらのツンデレを圧倒的に超越した、瞬殺なみに破壊力のあるセリフが。
 いっそ、クリアせず画面をこのままにしておきたい・・・。 
 そこまでやるなら、ロマンスも入れといてよー。
 
 レヴェル99までカンストしてれば(しかもEasy難易度)、そりゃあ敵なんて目じゃない。うっかり後ろから接敵しちゃったら瞬殺してしまうし・・・。「瞬殺」はスイッチでオンオフできるようにしてほしかった・・・。
 
 一周目ぼーっとして、観ていながら見落としていた、聴いていながら聞き漏らしていたシーンやセリフを堪能しまくり、今はP5しゃぶり尽くした感でいっぱいです。
 
 クリスマスイヴ・デートの前に、ファイルセーヴの機会があったんすね。一周目はすっかり見落としていた。失礼いたしました。とはいえその後ヴァレンタイン・デイが過ぎるまでないんだ。
 それは真で行くと決めていたので、浮気せずに進めましたけど。修羅場やっぱ面白かった(笑)。
 
 プレイ時間はほぼ125時間。一周目(130時間)はベルベット・ルームでの合体でだいぶ悩んだつもりだったのだが、時間はほとんど変わらない。他にはプレイ時間に差がつく理由があまり思いつかない。ニ周目の「刈り取る者」狩りで、ほぼ半日費やしたとしても、記録されているのはそのうちごく短い時間だけであるはずだし。・・・、「波動拳」の話はするな。
 セリフのシーンや、ムーヴィーシーンはだいたい全部飛ばさず観たので、そこらへんが予想外に相当長いのかもしれません。
 
 書きたいことはだいたい書いてきたので、ここはその裏付け的なセリフを中心に。
 
「渋谷の人たち・・・、本当に自由なのかな?」 (杏ちゃん)
 
 このゲームの物語が、先に書いた「『虚構』の物語である」というテーマを言い換えるとこうなりますね。
 あたしが(他の繁華街はぜんぜん平気なのに)ハチ公から半径1km圏内、渋谷結界内に侵入できない理由でもある。実はずっと前からメメントスの存在を察知していた!わけないんですが、作中で怪盗団のみんなが話ている疑問がいちいち当たってると思います。
 そしてそれが、モルガナの(フェイクだけど)最後のセリフにつながるのでしょう。
 
「本当の世界なんてどこにもないんだ。
 世界は、君たちの中にあるんだ・・・」
 
 一周目、エンドバトル、ラスボスのセリフはさくっと無視していた。だって、「管理」とか、「支配」とか、「統制」とか、ぜんぶ一緒じゃん! 英語版ではみな"control"じゃん、どうすんだよ翻訳、と他人事ながら心配になっていた。まあそういうのいちいち検証するのが、US版プレイの楽しみでもあるんですけど。
 
 ただし、一か所だけ、こんなセリフを吐くところがある。
 
「道の先が破滅の崖だとしても、考えず進むだけ・・・ 
 そんなものは理性なき獣の群れと同じだ。」
 
 「愚者」のアルカナ、タロット(タロー)の代表的な絵柄なんですね。
 あたしは、かつてタロット占いで逆位置の直撃くらってますから、よく覚えている。
 
 「後先考えない」というのがこの「崖に向かって平気で、むしろ意気揚々と能天気に、進む男」の絵柄を示す、という解釈が一般的。"The Fool"は、単に「頭が悪い」なんて意味じゃないんですね。「空気読まない」、「周りを気にしない」なんかにも通じるんでしょう。
 主人公の運命は、襲われてる女性を「後先考えず」に救ったところから、大きく変わっていきました。そして物語の最後では、やはり自分の身のことも含めて、「後先考えず」に警察への出頭を受け入れます。
 
 タロットの巧妙なところは、絵柄(寓画)の中にいくつも解釈のヒント(言い訳ともいう)があること。例えば一般的な「愚者」の絵柄は向かって左側に歩いている。「歩いてる」人物のカード自体が希少(これしかないという説もある)なんですが、さらに「向かって左」は「未来」を示すという説がある。「未来のことは(やってみなければ)わからない」という解釈をこじつける場合がある。
 
 それから、頭には冠、片手には身の回りの品が入っているだろう風呂敷を刺した長い棒、もう一方の手には花一輪。一匹の犬が一緒であることも多く、それぞれが様々に解釈できる材料を提供しています。
 もちろん、一般的に人格化された例は、ご存じ「ジョーカー」、「トリックスター」、またはP4Gにも関連する宮廷道化師である「クラウン(フール)」ですね。
 
 P3(あたしがプレイしたのはP3P/P3Fですが)あたりでは、「タロットはファッション、飾りつけ(フリル)として用いてるのかな?」くらいに思っていたのですが、ここにきてかなり踏み込んだ解釈をしていることが、開発者インタヴューなんかでも示されている。
 たしかに、中には一部こじつけぽいのもあるんですが、「こじつけ」もまた作り手の無意識の現れと見れば、興味深い。
 もし開発者・シナリオ・ライター(橋野氏)のいうとおりに、「P5はタロットのメジャー・アルカナで言えば『星』である」というのが「無意識の現れ」であれば、P5は「虚構の時代」から「夢の時代」に回帰しようとする物語、と言えるのかもしれません。 「夢」は「希望」を指し示すことがよくありますから。
 
 そう考えれば、このゲームに漂う「古臭さ」もわかる気がする。ルブランの設定は、前にも書いたとおり、マスター含めて「昭和」そのものですし。
 ところが、もはや「夢の時代」に戻れないことは、島国のほとんどの人は気がついている。このゲームのモチーフとなった、大震災と核燃料発電所の事故が二度と取り返しのつかないものであることを知っている。
 
 ゲーム内では、「怪盗団」の力を喪った(そしてその導き手であったモルガナさえ不在となった)とき、みんなが現実に直面して苦悩します。夢は取り戻せない。虚構が暴かれたその下からは、生の「現実」という、実はもうひとつの深く根をはった「虚構」が、むき出しになる。
 民主主義とか、法治国家とか、あるいは本当の更生施設とか、そういったフィクション(虚構)の世界の残酷な「支配と統制」に、立ち向かわなければならなくなる。「怪盗団」であったときと違って、それらフィクションの中で、未熟者(非有権者、未成年、被保護者)として扱われる高校生には、正式に参加する資格さえ与えられない。
(ガンショップの親父は、そもそもそういうフィクションからさえ食み出した別の「理想」のフィクション、任侠の世界(昭和以前)に棲んでいるので、現実への対処(正義の実現)にも別の方法を用いる。不覚にも、ちょっとだけ鼻水垂れた。一周目でコープ・マックスしなかったことを後悔した)
 
 この「二度と取り戻せない世界」という同じようなテーマを描くにあたり、「君の名は。」 は、シュールな世界を創り出すことで解決を図ろうとした。「シン・ゴジラ」は、あくまで「理想」を追求しようとした。
 それらに比べればP5は(もちろんトリックスターの物語ですから、天真爛漫、綺麗なハッピーエンドはあり得ないのですが)、抜きがたい厭世観、「やるせなさ」、いまひとつ割り切れない思いを残して、エンディングを迎えることになる。
 実はあたしがこの中で一番惹かれるのは、やはりP5の物語なんですね。
 古い人間ですから。
 
 副題は、「メガネが曇っちゃうじゃんか・・・」から。
 最後に、ルブランで、三人の眼鏡が曇るシーン・・・。
 眼鏡三人、狙ったわけではないでしょうけどねえ。眼鏡曇りますよねえ(お前、メガネしてないじゃん)、じゃなくて鼻水垂れますよねえ。

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コメント

P5の記事アップ、お疲れ様でした。
ゲームの中は、今の若者のノリで進みますけど、私のようなオッサンでもついていける魅力をもっていました。
より幅広い層を狙っていたとしたら、成功なんじゃないでしょうか。

Vaniさんのおっしゃるように、どこか懐かしさや古さを感じるんですよね。
ルブランだって頭に「純喫茶」がつきますしね。(笑)

私には、渋谷の思い出はありますが、深い思い入れはありません。
好きか?と聞かれれば、即座にNOと答えます。
今だから言えるのかもしれませんが、街全体が巨大なコンビニみたいな印象。
便利で賑わいを見せているけど、本物や欲しい物がなかなか見つからない、見つけるなら他の街へ足を運ぶという通過点の一つのような街、そんな感じです。

>P5は「虚構の時代」から「夢の時代」に回帰しようとする物語

別の言い方をすれば、自分の夢の追いかけ方を真剣に見直していかないと、虚構に流される日々が続くだけだよ、さて、どうする?ということなんでしょうね。

 純喫茶=新宿ですからね。敗戦後すぐから酒類を供しないという意味の「純」喫茶が島国全土で流行したといいます。ジャズ喫茶、名曲喫茶など「アングラ」文化と結びついていたのはよく知られています。「昭和」のサテンがこれです。

 昭和50年代(1980年代)になると、大手コーヒー・チェーンが展開を始める。ドトールの第一号店がどこだったか、調べてみれば「原宿店」であることがわかる。「カタログ」文化への移行を象徴している。あたしがこれまで、愚にもつかない御託を並べてきたわけじゃないことが、おわかりではないだろうか。
 
 ご指摘のコンビニエンス・ストアについては、島国では田舎から試験的に展開されていった。トウキョウ進出は、70年代から80年代あたりではなかったか。今ではどこのチェーンも総合商社傘下ですが、かつて親会社であった大手スーパーチェーン(D社とか、S社とか、JUNESとか)は、スーパー出店に際して「都会を包囲する」戦略だったので、コンビニ出店も当初はその発想で推し進められたのでしょうか。ロジスティクスの関係もあるし、バブル崩壊前は都会の地代も高かった。今では都会の巨大冷蔵庫なんて言われて、震災でロジが止まると、大変なことになっちゃったわけですけど。

 春が筆頭株主となったワタみフーズ(そうは言ってない)は、渋谷にも、新宿にも、六本木にも縁はないんですよね。ちょっととって付けた感があるんですが、コーヒー・チェーンと見れば、話はわかるかもしれない。(ちなみに開店秘話で有名なマック第一号店は、1970年代に銀座三越にオープン)

 渋谷への疑問を指摘するのが、ザ・シブヤギャルそのものみたいな杏ちゃんであるというところが、あれですよね。もっとも彼女も両親の都合で世界中連れまわされ、たまたま渋谷に住んでいる。主人公同様、マレビトであった。

 もっと何か、「老害」の悪口とか書いた気がしますが、ココログのボケがデーターとばしやがったので、何度も一から書き直し、疲れたのでここら辺までにしときます・・・。

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