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2016年11月 5日 (土)

二極じゃダメなんですか?(P5公式ガイド編・他)

 P5公式攻略本。到着したころにはもう不要。
 んー、個人的には最近のゲームでは珍しい現象です。
 といっても、いまようやくパッチのダウンロードおよびインストールを確認したところで、ゲームはなーにも触っていないので、書くこともありません。
 
 公式攻略本をつらつらと眺めていたら、やっぱお土産は、コンプしそこねてたぽいことがわかった。案の定あのガキ・・・、キングのせいだ。
 休日に埋浜に行かなければならない?。
 そんなチャンスあった?
 あー、ワンチャンスかあ・・・。

 しかもニ周目はすでに12月に突入したところで止まっているので、巻き戻さない限り、不可能命題となった。

 んー。ま、いっか、ガキだし、男子だし(笑)。
 つうか仲直りしてかあちゃんと行けよ。
 
 また釣りに関しては、これも一番しょぼい釣り竿でできなくはない、そうである。
 よって最低必要回数二回かと思ったら、三回は必要なようだ。
 読書については、速読を習得するまで待て・・・。
 そういうの早く言ってくれる?
 
 ちょっと期待していたのは、総攻撃成功時の各キャラクターの壁紙。
 そういうのつけないのか、電撃。(イケ好かないメンズのは要らない)
 なお、双子(これのみ全滅時)のものだけは、ちっちゃーい挿絵で見つけた。
 さらに双子があれした後のあの人もいないんだけど。つけてよー。
 
 おまけのしおりは、真だったので良かった。あの野郎とかだったら返品しただろう(そんな理由でできるのかどうか知らない)。
 まあでも、攻略本としては、いつもどおり丁寧にできてる(はずです、眺めただけだから)。ペルソナ恒例の、一周コンプ(参考)スケジュールもある。
 単に、こちらがあまりに熱心にプレイをしてしまったため、新奇な内容がほとんどない、というだけですかね。
 
 という、すっかすかの記事で済ますのもあれなんで(しかも表題につながらない)、機内で観たアニメ「君の名は。」とやらに文句つけようかと思ったのですが、実はあたしもつい酒を飲みすぎてしまって、よく覚えていない・・・。
 あーと、以下、そのアニメの思いっきりネタバレあります。
 
 そもそも主人公が「出会いをすっかり忘れてる」とか、いくらなんでもやっちゃだめな気がします。じゃあなんであの紐を手放さずに持ってるんだよ。それ以外にも話の盛り上げ方にはついていけなかった、サントラが全曲とにかくイヤ、そして、なんで彗星の話なのかも(最初は)さっぱり意味がわからなかった。
 好感が持てたのは、描かれているトウキョウが、(P5のような渋谷中心ではなく)新宿中心であることくらい。
 
 「シン・ゴジラ」も、当然作品としてカンペキには程遠いのでしょうが、上述のアニメに興行成績であっさりパスされたという話を聞き、あたしはまたこの島国が少し嫌いになりました。以前は"Pacific Rim"(2013)の公開時に、環太平洋地域で島国のランキングが特に悪かったとき。アメリカンのあんちゃんどもがネットで島国をディスりやがって、キレそうになりましたが、あれも感動アニメとか高倉健さんに負けたんだっけ?
 
 悪しき宮崎の影響で、また「感動したふり」してんのがようけおるんやろうなあ。
 まあでも、それだけでもなく、無心に観て心を揺さぶられた人も多い、とわかってしまうからさらに苦々しい。その理由も、なんとなくわかる気がする。 
 
 「シン・ゴジラ」のほうは、トウキョウ(およびごく周辺部)にしか関係のないお話である。作中でも、島国イコール、トウキョウ(メガロポリス、グレーター・トウキョウ)みたいなもんだ、というセリフがあった。それ以外の地域の話は話題にちょっと出る程度。
 
 一方、上述のアニメ作品のほうは、首都トウキョウ(主として新宿・四谷近辺)と、過疎地まで行かなくとも、山岳地帯の寒村に毛が生えたような、因習もまだ健在のど田舎の町。その二元中継。デモグラ的には、この島国の「二極」を示すと言っていいかもしれない。 
 「受ける」のはそういう理由もあるんじゃないか、と思いますね。
 
 P5も、大震災をモチーフにしたとは言いながら(主人公の出身こそ、エンディングを見る限り静岡あたり?なのかもしれないが)トウキョウ中心、渋谷中心の物語です。大震災をトウキョウで経験した、見つめていた人たちの感覚に基づく。
 
 なお、新宿中心と渋谷中心という風に、同じトウキョウの物語みたいな書き方しましたが、ここには大きな違いがあります。そして、そこにも上述のアニメが、例えば「シン・ゴジラ」や、P5などよりもずっと広い範囲の層に「受ける」理由がある。
 本当は、P5に関して、それをネタに一発書きたかったのですが、表題が思いつかなかった(笑)。しかたがないので「さわり」だけ書いておきましょう。
 
 簡単に記せば、次のような感じ。いわゆる「都市社会学」的、「文化社会学」的な知見に基づくお話です。
 
・戦前の繁華街は浅草。大震災後に当初ハイカラだった銀座に移行、銀座が大衆化した。
・戦後以降70年代までは、新宿が繁華街の中心となった。若者・学生(主として田舎者)のアングラ拠点であったが、やがて渋谷・原宿方面にさらに移行した。
 
 これだけでも、多少は面白いのかもしれません。島国の社会学者連中は、ここに「歴史」的な変遷のレイヤーをかぶせてみせるんですね。例えば、浅草と新宿は、不定形な「アングラ」文化。銀座と渋谷・原宿はモダン(モデル、モード、すべて同じ語源)を象徴する「カタログ」文化。
 
 または、「現実」との対比における「理想」、「夢」、「虚構」と時代を区別して、敗戦後まもなくのGHQ支配にはじまる「理想」の時代、アポロ11号月面着陸、大阪万博などのイヴェントが彩る「夢」の時代、オタク文化勃興、ディスニーランドのオープンなどで象徴される「虚構」の時代。
 
 「シン・ゴジラ」が、徹頭徹尾、「理想」の時代の物語であることは論を俟たないでしょう。もちろん、戦前にも、敗戦後にもかなわなかった「理想」なんですが。政府・官僚機構、科学的合理主義とそれを裏付けるだけの科学力・大企業、同盟軍を含めた軍。あの巨大不明生物によってコノートされるものが、大震災であっても、戦争であっても、島国の実力と英知を結集すれば克服できるというメッセージ。これを「理想」以外の何と呼べばいいのか。
 
 P5が、トウキョウの渋谷周辺を舞台に選んだのは、「虚構」の時代の物語を描くためと言っていいでしょう。これも「裏」がないと言い切ってよいくらい、ストレイトフォワードに解釈できそうです。P5のテーマ(ペルソナ全体の隠しテーマでもある)「仮面」とは、実は「虚構」以外のなにものでもない。
(ちなみに、「東京(略ザナドゥ」は、トウキョウいうても、単にファルコムのある立川市周辺のお話ですっ、以外になんの裏もないでしょう。物語自体は、これもまた大震災をモチーフとした、「夢」と「虚構」の間のもの、と言えるかもしれませんが)

 一方で、上述のアニメが、(トウキョウの物語では)新宿を舞台としたのも、(「シン・ゴジラ」のように露骨な形ではないものの)「理想」の時代の物語を描きたかったからと言ってしまえるんじゃないか。あるいは作中のモチーフを直接参照すれば「夢」の時代。
(もちろん、単純に「作者の好みがそうだから」でも構わない。それだって、あたしはひとつも損はしません)
 あのアニメの、トウキョウの物語と、山中の街の物語とは時間的に隔たりがあるのですが、それはたった三年です。身体が入れ替わったとき、ふたりの主人公が(すなわち観客が)時代が違うことに気が付くネタバレのリスクはとれなかった、例えばふたりともスマホを使いこなさなければならなかった、クライマックスで(同じ年恰好の男女として)出会わなければならなかった、など設定上の縛りがきつかったせいがあるのでしょう。
 ですが、ふたつの物語の間には、距離的な隔たりだけではなく、十年の隔たりであっても、いっそ三十年でもおかしくないくらい、「時代的な」隔たりがあるような印象を受ける。「夢」の世界であるなら、ふたりの主人公の「位相が異なる」ことだけで十分で、違い(ずれ)が何年であろうが、何秒であろうが、一瞬であろうが、実は同じこと。
 
(ただし、言っちゃ悪いけど、時間が三年ずれていることにふたりが「なかなか気がつかない」ってのは、どうなんすかねえ? スマホでしょ? 学校でしょ? アルバイトでしょ? すぐに気がついておかしくないんじゃないでしょうか。なにかそれを防ぐ仕掛けかなんかが説明されてたんだろうか。ちうか、そういうところが雑なんだ。)
 
 そしてそこでようやく彗星の登場が、東北大震災に伴う、あの核燃料発電所事故を意味する、この物語はそれによって「位相がずれてしまった」、「消えた街」の物語である、というところにつながっていく。つなげたかった、と言ったほうがいいか、あんましうまくつながっていない気がするんで。
 そこで描きたかったのは、「理想」の時代(「夢」の時代でも構いません)の物語だったのでしょう。それは現代のどこかにあるのか、もはや「虚構」の時代の今となってはどこにもないのか。作り手が「あってほしい」という気持ちであることはわかった。そして、それは本当には「夢」の中にしかなかったのかもしれない、ということも示されている。
 
 アニメでは、まるでトウキョウ・スカイツリー(2012年竣工)の存在を拒否するかのように、四十数年前から首都の象徴であったトウキョウ・タワー(1958年竣工)がこれ見よがしに描かれます。これ以上は、あまりなにも言う必要がないのではないかという気もします。
 
 それら全部が、なんだかあざといんで、新宿は好きなあたしなんだけど、このアニメが好きになれないんでしょうね、きっと。 
 逆に、あたしが渋谷結界に単独では侵入できないという、その理由もここに書いちゃいましたね。
 
(余談)「虚構」の時代さえすでに終わってしまっているのではないか、「不可能性の時代」が来ているのではないか、というのが社会学者である大澤真幸氏の主張(2008年の同名の著作)です。
 「不可能性」という言葉自体が座りが良くないと思うのですが、言わんとしていることは、現代社会は、(多重人格者の偽記憶に顕れるような)現実への逃避と、(アルコール抜きのビールに代表されるような)極端な虚構化という二つの逆ベクトルに引き裂かれているということ。上にあげたいくつかの作品だけでも、「理想」、「夢」、「虚構」というように、解釈がバラバラな方向に分かれてしまうので、「不可能性」というものかどうかはわかりませんが、とにかく相矛盾する欲望がなされている、ということはわかりそうです。
 詳しくは前掲書でどうぞ(ただし、最後のほうは何を言ってるのか、よくわからなくなっていきますけど・・・)。

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