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2016年5月30日 (月)

こっちじゃないほうの島国語考察

 あーっ、回転風呂入って、黄金寿司くいてー。(逆だから。回転風呂は漆塗りの工程。黄金寿司は「こがねずし」ちゃんとあるから)

 不肖わたくし、こう見えて(見えてねえから)、長い人生で回転寿司なるものに一度もお邪魔したことがございません。
 TVやマンガ・アニメでいかなるメカニズムであるは知っているつもりですが(自分が回るんじゃねえくらいは知ってるつの)、あの禿げネズミが執心するということは、さぞ豪勢なお食事を堪能されるということなのでしょうね。きっとお愛想の数字を見て目が回るとか? 行ってみてー。
 
 黄金風呂ってのは、あれでしょ? DAIのウインター・パレスの中庭にあったような、三越のシンボルみたいな黄金の獅子の口から水とかお湯が出てくるやつ? あそこに片手をつっこんで、訊かれた質問にウソをこたえると抜けなくなるんでしたっけ。違う?

 もうこうなってくると、次に何がくるか待ちきれませんね。むしろ、いっそのこと「では自腹で一体何を支払ったか」に注目すると、物語は新たな展開を迎えるのではないでしょうか。
 また祖国を一時離れるので、帰国時とても楽しみにしていますね(笑)。

 以前、こんなことを書きました。何故に島国の民は英語を学ぶのに、泣きそうになるくらい苦労するのか。そしてあれだけ長いこと学んでも使える人が一握りなのはなぜか。
 なぜなら、英語はやたら難しい言語であるから。他の多くの言語のように、決まったルールを覚えれば、あらかた使いこなせるようになることがない。他の言語は(島国語もそうだが)「富国強兵」を目的として、それぞれある時代に「洗い直されている」のに対し、英語は征服者の言語だからそうすることがなかった。そんなことを書きました。

 全部ウソ。大間違い。
 
 全部ではないかもしれないが、少なくともあらかたウソ。
 渡部昇一先生の、「講談・英語の歴史」(PHP新書版)という古い本を今更読んで、自分勝手な思い込みが粉々に打ち砕かれました。
 「こういう書物を、どうしてずっと以前に読んでいなかったのかあっ」と書を投げ打ち天を仰いで嘆くことしばし(それ、「史記・孟子殉卿伝」、でも文脈違うからね)。

 先生は、知る人ぞ知るオールド・イングリッシュ(OE)研究で名をはせた方で、また語源学などにも造詣が深い。
 OEの時代から英語がいかにして変容してきたかを、あの島国を取り巻く激動の歴史を踏まえ、実例を交えて非常に明快に描き出しています。
 詳しくは、手に取ってぜひお読みください(私はKindle版を入手)ですが、自分用の意味も込め、ごく簡単になぞっておきます。

 古い英語は元々古代独語の方言由来でした(アングロ・サクソン言いますでしょ。ユトランド(ジュトランド)半島アンゲルンと独ザクソンからやってきた人々)。

 アングロ・サクソン渡来以前、ブリテン島の「原住民」はすでに姿を消していたのですが、先に移住してきたのはケルト人。先発ケルト人は、後発のケルト人に押し出されてどんどん隅っこのほうに追いやられた(アイルランド、スコットランド、マン島、ウェールズ、コーンウォールなどにケルティック由来の名前が多い理由)。ちなみにJonny Walkerの"Walker"は「歩く人」ではなく、ケルティックでker(沼地)の wall(城塞)。語源はウイスキーのラべルからも消え去った。

 ブリテン島主要部を占めていた後発組ケルト人と戦ったカエサル(シーザー)が、島を「ローマ化」して帝国の一属州とする。ゲルマン人がやってくるのはその後で、その時もやはりケルト人はどんどん(上述のような)隅っこに追い散らされた(先住民のように消えはしなかった)。エセックス、ウェセックス、サセックスなどは、皆サクソン人の住んだ場所を指す。

 なお、ブリテンの由来となるブリトンは「刺青のある」の意味。同じ民族が仏ブルターニュにもいたので、仏側を「ブリタニア・ミノール」(小さいほうのブリテン)ブリテン島を「ブリタニア・マヨール」(大きいほうのブリテン)と呼び分けただけなのだった。ところが"Great Britain"の意味を曲解した島国明治政府は、自らを「大島国帝国」と呼ぶことにした。英語では「大」はねえだろうと小馬鹿にされたのか、"Empire of Japan"とされ、たとえば大島国帝国海軍は"Imperial Japanese Navy"と呼ばれた。(ゴミみたいな余談だが、それを真似て半島の半分国も、わけもわからず自分の国を「大半島国」と呼ぶことにしたのだそうだ。そっちは歴史上どうでもいい話)
 
 ヴァイキングの来襲をアルフレッド大王が迎え撃ち(九から十世紀あたり)、その後和平が結ばれたことでヴァイキングの北部ゲルマン語とアングロ・サクソン語が融合しはじめた。古い独語由来の特徴であった語尾変化の多くが落ちて簡単になって行きました。
 shirtはアングロ・サクソン、skirtはヴァイキングがそれぞれ「着物」を呼ぶ言葉で、もとは同じ言葉で発音が変化したものでした(後者の「スク」は、前者では「シャ」に変化する)。なぜか今のように身に着ける体の上下で区別するようになった。アングロ・サクソンとヴァイキングの言葉は今でも併用されるものが多い。craftとskill、sickとillなど。

 その後、ノーマン・コンクエスト(十一世紀、ヴァイキングの出自であるノルマンディー公ウイリアムの支配)を経て、支配階級である貴族の公用語が仏語となり、今用いられる数多くの言葉が英語に「輸入」された。(ブリテン島に住んでいた貴族は徹底抗戦したため支配階級から排除され、仏から渡ってきたノルマン人貴族が後釜に座ったから)

 特に食卓、衣裳、芸術、法律・政治、軍隊に関する言葉に非常に多い。仏語文化が宮廷を牛耳っていたのだから当然でしょう。社会的二重言語も生じており、動物と肉の名前が一致しないのは動物(deer, ox, sheep, swine/pig)が下層の農民英語、肉(venison, beef, mutton, pork)が上流の貴族仏語であるから。
 なお、宗教関係の言葉は、ローマ帝国がクリスチャニティの布教活動を行った時点(六世紀)で入ってきているが、神、天国、地獄など根源的なものだけは輸入語ではない。
 
 元々英語に身分を示す言葉はほとんどなく、king(王、kin - ing、「同族」の「長」を指す)とqueen(女王、もとは「女」を指す)くらいでした。duke(公爵)、marquis(侯爵)、count(伯爵)、 viscount(子爵) baron(男爵) baronet(準男爵) はすべて仏語由来で、英語由来はearl(伯爵)、knight(士爵)くらい。

[以下あたしの追記]

 このノーマン・コンクエストとその前後の歴史が、DA世界の、特にオーレイとフェラルデンの関係の元型なんですね、って今頃気がつきました。フェラルデンがオーレイの権力簒奪者(usurpers)によって長く統治された時代は、アリスターの父にあたるマリック(権力奪還後のフェラルデン王)やローゲイン(後の執政)が若くして祖国奪還に活躍した時代。DAOの前夜にあたる時代です。

 DAOではイーモン伯爵が"earl"(アール、ただし綴りは"arl"だったかも)でした。絶東の島国の田舎もんにはまったくピンとこないのですが、オーレイは「仏」、フェラルデンは「英」がそれぞれモデルなので、オリ―ジャン支配に徹底抗戦したイーモン卿はやっぱ英語風に「アール・イーモン」でなければならないのでしょうね。
 DA2カークランド当主は"viscount"(ヴァイカウント)でしたが、ここにもきっと含意があるんでしょう。BioWareはカナディアンですので、そこら辺こだわりが強そうです。

 また、DA2(DLC)でバン・ティーガン(後にはThe Masked Empireで描かれたアール・ティーガン)が、オリージャンの貴族たちから「ド田舎の犬コロ貴族」扱いされるのも、まさしくこの英仏の間の複雑な支配関係をコノートしていたのでした。なにしろ英語(ブリティッシュ)の半分近くの言葉が仏語由来だそうで、特に上述のとおり派手で煌びやかな部分の語彙は尽く仏語由来。

 禿げネズミが"other people's money"、他人の銭で食するのは、晩餐(dinner)か夕食会(supper)かわかりませんが、それらの豪勢な食事を示す言葉は仏語由来。禿げがマクダナルズ(マクドナルド)でキューポン(クーポン)を使って自腹を切るときの、質素で貧相な朝食(breakfast)は英語由来。昔わたくしなどは、豪勢なのがディナーで、質素な夕食がサパーと教わりましたが、完璧なでたらめでしたね。ウソしか教えねえのな、島国の学校は。
 ちなみにブレックファストは、前夜からの断食(fast)を終える(break)食事で、朝には限らず、その日の最初の食事を指す。

 なお仏語で"knight"にあたるのは、ご存じ"chevalier"ですが、これが「輸入」されなかったのはなぜなんでしょうね、というと古い英語で"knight"は「馬」とは一切関係なく「(一族の)坊や、従者」のこと。"chevalier"は(粗野な)ラテン語の「馬」の派生語。(上品な)ラテン語の「馬」からは「馬術」を指す"equestrian"が残っています。knightが「騎士」の意味に用いられるようになったのは。重装騎馬戦闘が花盛りとなる百年戦争(Joan of Arc、ジャン・ノヴァーク、ジャンヌ・ダルクが登場する時代)あたりだとか。「主に忠誠を尽くす者」と「馬上で戦う者」のふたつの意味に別れたのでしょう。言うまでもなく、"chevalier"は英語では"cavalry"、「騎兵(隊)」に残ってます。[追記終わり]

 この頃、英語は下層の言語として野放し、ほったらかしとなった。そのため方言の多様化が進んだが、同時に複雑な語形変化などがどんどん減少していきました。
 失地王ジョンの時代(一三世紀)、英国は大陸に擁していた領地をあらかた失い、逆に英国(島国)と仏国(大陸)の間の「区別」が鮮明となり、ナショナリズムの萌芽らしきものが生まれた。続く百年戦争(一四から一五世紀)でも、劣勢だった仏軍はジャン・ノヴァークの活躍もあって逆襲。英軍の大陸の足掛かりはカレー以外失われた。一四世紀から蔓延した黒死病で貴重な労働力が喪われるにつれ、(売り手市場の)労働者の立場が強まり、必然的に彼らの用いる英語が復権した。また自治都市とギルドの発展は、従来の仏国由来の商人ではなく、英語を用いる土着の民が担うようになった。
 
 ノーマン・コンクストから約三百年ぶり、十四世紀後半に、法律の世界で英語が公式に復権した。それに呼応するように大作家ジェフリー・チョーサーが登場する。(その一世紀ほど前にはロマンス(ここでは「騎士物語」を指す)が流行していた)
 なお、英国が自国の法律を自国語で定めるよう決定するまでには、さらに三百六十年以上かかっている。

 もちろん、この先まだまだ歴史は続くのですが、渡部先生曰くの中期英語史上「最大の社会変動」であったノーマン・コンクエストに触れたからいいでしょう。

 あたしなどが今日の英語に対して漠然と感じる、(仏語や独語に比較すると)「性区別もないし、語形変化などルールが簡単」である一方、「単語やその用法に統一性がなく、雑然としていて覚えきれない」という両面性の理由があっさりよくわかった気がします。後者の面については、句動詞てんこもりのアメリカンでさらに顕著なのですが。
 仏語支配下で英語が野放し状態だった時代に、複雑な語形変化を庶民がばっさばっさと単純化していった。その一方で、外部から持ち込まれた言語(ケルト、ヴァイキング)や支配的な言語(仏語)から言葉をガンガン輸入したため、とても雑多な感じがするのですね。
 英語は、見た目のルールは簡単なのですが、とにかく例外が多すぎるんですね。仏語などはルールさえ覚えればなんとかなるそうですし、独語は単語をじっとにらんでいると意味が分かってきます(英語よりは!)。

 島国語(えーと絶東のほう)は、明治に一度洗い直されておりますが、「輸入語」過多、ダボハゼ言語でいえば似たり寄ったり。ただし絶東島国語は「借り物」は便利であってもあくまで「よそ者」であって、決して仲間には加えない。大陸後は漢字のままで、欧米語はカタカナ化して「マーキング」することを発明したのです。やまとことばとの本当の融合が進まないように。その知恵は明治翻訳家たちも駆使しており、超越、存在、社会、世代、恋愛(大陸発の説あり)、品性、思想、計画、人民、法律、恐怖などのほとんど同じ意味の漢字を重ねた言葉は、借り物であることがハッキリわかるように工夫したからなんですね。

 「島国根性」には二つ意味があるそうです。ひとつは北海の島国のように「こんなちっぽけな島にいつまでいてもしゃあねえ、海の向こうで一旗揚げるぜ、錦飾るぜ!」というもの。もうひとつは絶東の島国のように「回りが海でほんとによかった―。余計な奴らシャットアウトしとけば平和だもんね」てやつ。まわりの海の様子も地の利も違うが、前者は七つの海を駆け巡るようになり、後者は蒸気船で恫喝されて死ぬほどちびり倒すことになった。

 もちろん「島の中のことが常識であって、外もきっとそうだろう」って田舎もん根性は共通していたのでしょうし、今でも奴ら、人の島国に来て「エラそうに」講釈たれる奴多いですけどね(笑)。コモンウェルス(この場合はマサチューセッツではなく、現代の英連邦を指す)共通だが。
 あ、それをいうなら、世界の説教たれワン・ツー・フィニッシュは、過去ずっと破滅的な戦争を繰り広げてきた仏独のほうか。

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